仏教で葬式をすると当たり前のように戒名をつけます。「なぜつけるのですか。」
と尋ねても、葬式をした証とか、皆がつけてもらっているからとか、全く漠然と
した答えの人もおられます。

戒名は仏様の弟子になった時に頂く名前です。仏様の教えを信じて決められた
こと(戒律)を守り、教えに従って生活していきますと誓って授けられた名前を
戒名と言うのです。ですから本来は生前に受戒を受けて仏教徒となり、戒名を
頂くのが理想のありかたです。

しかしながら現実は、亡くなってから戒名を授かり、葬儀の中でうやむやに
受戒を受けて仏門に入るのがほとんどです。

キリスト教徒などは生前に受戒(洗礼)を受けてクリスチャンネームをもらいます。
私達仏教徒も、もっと真剣に自分の宗教を見つめなおす必要があると思います。
その一因として檀家制度にあぐらをかいた私達僧侶の責任もあります。

最近は核家族化が進み、葬儀をして新しく仏壇を持つ家庭が増えています。
そうした中で宗教の意識が薄く、葬儀を出す時に何となく本家の宗派を継承
している人が多いのではないでしょうか。

仏教でも宗派によって教義も違いますし、僧侶によっても教え方が違います。
本家であれば先祖からの仏壇を守っていかなければなりませんが、新たに持つ
のであれば自分の好きな宗派、あるいは自分の好きな僧侶を選ぶことができます。

もっと積極的に自分にあう僧侶や宗派を見つけ、仏様に帰依する心が育つことを
願います。

最近ではお金がかかるので戒名はいらないという方や、生前の名前で葬式を
される方がおられます。戒名がなければ葬儀の意味がなくなり、
単なるお別れ会になってしまいます。

先にも書いたように、戒名は仏弟子として生まれ変わる為の名前であり、仏様の
智慧と慈悲の中に永遠の命を受けて導かれる為の大切な名前なのです。

そして戒名料は三宝(仏、法、僧)に帰依した証として、本尊様に喜捨する気持ちが
お布施です。また、生前から信仰が厚く誠心誠意お寺に尽くした人に対しては、
戒名料に関係なく、お寺がその善行に対して立派な戒名を贈ることで感謝と尊敬の
念を表していたのです。決してお金では買えない尊いものだったのです。

最近の都会の現状を見る時、僧侶はお金さえもらえばいとも簡単に良い戒名を
つける方が少なからずおられるようです。また、一部の葬儀屋さんもそれに加担
しているようです。ほんとに悲しいことです。いくらお寺に奉仕をしても、いくら
信仰心があってもお金がない人は良い戒名をもらえないという現実がそこにあります。

もらう方も、つける方ももっと冷静に原点にたち返って考えてみる必要があります。

個人的には戒名は一つの平等であるべきとの考えも少しあるのですが、仏様にも
如来や菩薩のように段階があるように、故人の善行や信仰心が良い因縁をもたらす
ことを考えると、その人にふさわしい戒名があって良いという方向に傾きます。

どちらにしても付ける側ともらう側のモラルの問題で、故人にふさわしい戒名は
ほんとうは仏様だけが知っておられて、それに見合う縁を下さることを確信します。


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