死んだら何処へいくの

人間は誰でもこの世に生を受け、やがて老いて死んで逝きます.
どんなに文明が発達してもこれを否定することはできません.
そして死に対する恐怖感を完全に克服することも難しいことです.

私は僧侶ですが、まだ死の瞬間に立ち会ったことはありません。死後の儀式で
真言の教法を授け、その故人の冥福を祈念するだけなのです.

「おじゅっさん、わしは死んだら何処へいくんやろ」と言う問いに、はっきり
した答えを出すことができません.ただ肉体は土に返り、霊魂は何らかの形と
なって生まれ変わることを確信します.

仏教では「輪廻転生」を説き、他の宗教でもほとんどこれを否定していません。
真言宗では「即身成仏」の加持により屍骸と霊に分離して霊だけが浄土へ向かう
とされています。

ある新聞社の調査によるとあの世、来世の存在を信じる人は全国で三割ぐらいで
わからないと答えた人は四割ぐらいだったそうです。さらにこの調査で、死後に
肉体は滅びるが霊魂は残ると答えた人は全体の四割いたそうです。

最近は漫画ブームで輪廻転生を扱っているものもたくさんあります。そうした
影響でしょうか。意外と多いような気がします。

私は僧侶ですので当然輪廻転生を信じますし、不思議な事象を幾度か経験させて
頂きました。私達は縁があってこの世に生まれてきています。死ぬのがゴールでは
なく単なる通過点と考えて、さらなる来世に向かって歩いて生きたいと思います。

先日雑誌を読んでいますと、読者の質問にその道のプロが答えを載せている欄が
ありました。それは霊魂の存在についての質問でした。当然僧侶が答えているの
ですが、「霊の存在の有無にかかわらず、真の道を生き抜くことが大事です。」

その後に「僧侶が葬式を行うのは実態としての霊魂があるのではなく・・・。」
と書いてある文章が気にかかりました。僧侶が霊魂の存在を否定するという事は
詐欺行為に等しいと思います。しっかりと成仏できるように導くのが僧侶です。

確かに死後の世界について私自身がまだ死んだという経験もなく、こんな世界
ですよと説明できません。ただ生まれてきたのも長生きするのも自分の意思では
どうすることもなく、不思議な力が働いています。私達が生かされているんだと
感じることができたとしたら、それは肯定できるのではないでしょうか。

よく危篤状態になって生死の境をさまよい三日ぶりに意識が戻ったという人の話で、
三途の川まで行きその川を渡ろうとしたら、向こう岸で親戚の人がこっちへ来るな、
まだきたらあかんと大声で叫ばれ、目が覚めて我に返ったという事をよく聞きます。
また何人かの人はその状況や色、形など詳しく説明できるのは決して夢や幻覚だけ
ではないと思います。

特に真言行者は入我我入によって三摩地の境地に到り、大日如来との融合を
目指します。弘法大師、空海はもともと人間は三千世界をかけめぐることの
できる「神境通」という神通力をもっていると云われ、即身成仏されました。

四国遍路はお大師様の修行の足跡を辿るだけではありません。発心、修行、
菩提、涅槃の道場に分かれており、死後の世界を表しています。

「同行二人」と書くのは今もお大師様が生きておられ、お大師様と一緒に
修行しているという意味です。

巨大な宇宙へ永遠に続く生命を私達は持っています。涅槃ははるか遠くですが、
何千万年何億年と転生してたどり着くでしょう。それが彼岸です。


※このページは平成十五年に掲載したものです。
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