言 葉

◆「霧をかかげて光を見るに無尽の宝あり。
       自他受用、日にいよいよ新たなり。」



◆「近くして見難きは我が心、細にして空に
             あまねきは我が仏なり。」

◆「月影の いたらぬ里はなけれども
         ながむる人の こころにぞすむ」

◆「日ごろは玉を石と見る時は、宝にあらず、
       今は石を玉と見れば、無価なり。」


◆「人も身に応ぜざる荷物を持てば、身の船を
   くつがえすべし、心を軽く持つべきなり。」


◆「道は人を弘め、人は道を弘む」


◆「まるまるとまるめまるめよわが心
              まん丸丸く丸くまん丸」      


◆「大事と申すは、今日只今の心なり。それを
       おろそかにして翌日あることなし。」



◆「本来無一物なれば、諸事にをいて実有我物
  のおもひをなすべからず。一切を捨離すべし」


◆「仏道をならふといふは、自己をならふなり。
  自己をならふといふは、自己をわするるなり」
 作 者

弘法大師

〔秘蔵宝鑰〕


弘法大師
〔秘蔵宝鑰〕

法然
〔浄土宗の開祖〕

皇覚
〔天台宗の僧〕

沢庵禅師
〔臨済宗の僧〕


最澄
〔天台宗の開祖〕

行道
〔木食遊行聖〕

道鏡慧端
〔臨済宗の僧〕


一遍
〔時宗の開祖〕


道元
〔曹洞宗の開祖〕
       意 訳

迷いと決断の霧を払いのけると光が差し込む。
そこに尽きない宝が見えてくる。私たちはそれを手に
することで日々新鮮に生きることができる。

近くにありすぎてかえって見にくいのが自分の心である。
そして微細でありながら虚空に満ちているのが仏である。

月の光は、地上を隙間なく照らしいて、心寄せて仰ぎ見る
人に、その光は一層輝きを増すものである。

欲がない時は宝石をただの石と見ればただの石になる。
物事の本質の中に価値を見れば単なる石も宝石になる。

人も自分の能力以上の荷物を持てば、船のように覆る。
従って心は軽くもつことである。


その道は人を広く育て、人は逆に道を広くする。
人と仏の道はお互いに助け、助けられる関係にある。

自分の心を丸く丸く円満に保て、まん丸、丸々と。
〔仏性は円満で清浄である。私達の心もそうありたい。〕


目的を実行する時、その結果を急いで途中の手順や労力
を省略するが、そうして成し遂げたものは成功しない。


本来私達は生まれてきた時は裸であり、死ぬ時も同じ。
我が身や所有物を有効に使い切り、命の尊さに感謝。


現状に甘んじ自分に固執して求道することは本道でなく、
常に現状を打破して新しく蘇ることが大切である。
■仏教の雑学〔煩悩を消す為に〕

◇除夜の鐘・・・なぜ大晦日に百八回鐘つくのでしょう。
           その年に積み重ねてきた煩悩を、鐘の音をききながら一つ一つ念じて消す為に鳴らされています。

◇数珠の役目・・・数珠の玉の数は百八あり、一つ一つを指で数えながら自分の煩悩を消す為にあります。
             また、お経や真言を数える計算機の役目をしています。

◇金剛杵・・・密教寺院の本堂には大壇があり、その前の真ん中に置いてある法具です。独鈷、三鈷、五鈷など。元々は古代
          インドの武器ですが、密教では仏様の知恵を表わし、煩悩を打ち砕く菩提心の象徴として諸尊の持ち物でもある。
          

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