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般若心経の心〔4〕

ここから般若〔智慧〕の部分に入ります。かなり難しくなります。浅学な私には少し荷が重いのですが頑張り
たいと思います。この般若〔智慧〕のところは長いので四回に分けて考察します。

「舎利子〔舎利弗〕」という呼びかけで始まります。

「色不異空、空不異色、色即是空、空即是色、受想行識亦復如是」直訳すると色は空と異ならず、空も色と
異ならず、色は即ち空である。空も即ちこれ色である。受も想も行も識もまたかくの如しとなります。

これではよくわかりません。「色」と「空」の関係に注目してみると少し何となくわかるような気がするのです。
つまり、立場が違うけれども「色」と「空」は同じであるということです。

そしてまた、「受想行識」という人間の感覚や感情、意志、知識も「空」と同じであるという解釈になります。

ここで「色」と「空」というものはどんなものなのでしょうか。

普通「色」というと色彩や色事と解釈することもありますが、ここでは五蘊の中の一つであらゆる存在や現象
を表します。「空」は一般的には空白とか空間となりますが、ここでは実体のないものを表します。

要するに私たちが感受するすべての現象は実体のないものなのです。

世の中のあらゆる現象は絶えず変化して互いに関係し合って動いています。ですから現象として存在として
実体として捕らえるものは何もないのです。

先日ある会議の会場のロビーで、偶然同級生の女性と出会いました。彼女は同じ建物の別の部屋である
会合に出席していたのです。

私は全く気がつかなかったのですが、向こうから声をかけてくれました。何しろ三十年ぶりです。完全に
外見は別人のようでした。学生時代はスタイルが良くアイドルみたいで近寄り難い存在だったのです。

ところが今は子供三人にも恵まれて幸せ太りというのでしょうか、かなり体形が変わっていたのでびっくり
しました。しかし話をすると性格は学生時代の明るい彼女と変わりなく、懐かしいひと時でした。

ここでいう彼女は「色」であり、時間の経過は「空」なのです。私も彼女もあと五十年もすればお互いの存在
もなくなっているにちがいありません。

永遠に存続するものはこれ一つとしてないのです。それが「空」であり、宿命なのです。少し空しいような
気持ちになります。

私たち凡人は存在に執着するからこそ、悩み苦しむのです。そしてそれを作り出すのは私達の心なのです。

私たちは自分の身体は自分のものであると思い生活しています。しかしよく考えてみますと自分の、
意志でこの世に生まれてきたわけではないし、長生きを望んでもこれまたどうなるものでもありません。

そこには不思議な力が働いています。その力に逆らうことなく自然に、そして生かされている命を大切に
しなければいけないと思うのです。
   
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